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PERSON
日本武尊
日本武尊
伝説の英雄皇子
生没年不詳(記紀伝承) · 享年 41歳
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生涯
『古事記』『日本書紀』に記される第12代景行天皇の皇子。本名は小碓命(おうすのみこと)。生まれた時には双子の兄・大碓命ともに誕生したとも伝わる。幼少期に兄・大碓命を手づから殺すという衝撃的な逸話を持ち、父帝・景行天皇に恐れられた。西国遠征では九州の熊曾建(くまそたける)兄弟に女装して近づき、宴席で討ち取るという知略を見せた。また出雲建を謀略で倒すなど計略にも長けた英雄として描かれている。東国遠征では相模・上総の荒ぶる神を平定し、各地の蝦夷(えみし)を征服した。走水(はしりみず)の海を渡る際、荒れ狂う海神を鎮めるために愛妃・弟橘媛(おとたちばなひめ)が自ら入水して命を捧げた悲話は特に有名。帰路の伊吹山で山の神の祟りにより病を得、能褒野(のぼの)にて白鳥となって飛び去ったと伝わる。伊勢神宮から草薙剣(天叢雲剣)を授かって各地を征服した英雄として、各地の神社に祀られている。
人物像
剛勇無双にして繊細な感性を持つ矛盾した英雄像。戦場では無敵の武を誇りながら、愛妃の死を嘆き詠歌を残した。孤独と望郷の念が強く、長い遠征の中で父への複雑な思いを抱き続けた伝説上の人物。
歴史的意義
大和朝廷による国土統一の象徴として語り継がれ、熱田神宮・日本武尊を祀る神社は全国に多数存在する。草薙剣は三種の神器の一つとして現在も熱田神宮に伝わる。日本における「英雄」像の原型を形成した伝承上の存在。
逸話・エピソード
ヤマトタケルの東征——草薙剣と「さねさし相武の小野」の伝説
古事記・日本書紀に記されるヤマトタケルは、父・景行天皇の命で九州の熊曽建(クマソタケル)、続いて東国の蝦夷を討伐した英雄。東征の途中、走水(現・神奈川県横須賀市)で嵐に遭遇した際、妃・弟橘媛が「我が夫のかわりに」と海に身を投じて嵐を鎮め、ヤマトタケルを救ったとされる。「さねさし相武の小野に燃ゆる火の 火中に立ちて問ひし君はも」(妻を偲ぶ歌)は万葉集に収められた。尾張でもらった草薙剣は相模(神奈川)で賊に焼き討ちされた際に難を逃れる力となり、三種の神器の一つとして熱田神宮に祀られている。
ゆかりの地 — 1
野見宿禰神社
東京都
野見宿禰は『日本書紀』において垂仁天皇7年に當麻蹶速と天覧相撲を行い勝利した人物として記される。この取組が日本における相撲の起源とされ、野見宿禰は「相撲の神」として崇められるようになった。日本武尊(ヤマトタケル)の時代と重なる古代の英雄伝承の一つである。
─ 完 ─
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