享保元年(1716年)から延享2年(1745年)までの約30年間、8代将軍・徳川吉宗が主導した江戸幕府の財政再建と幕政改革。寛政・天保の改革と並ぶ江戸三大改革の最初かつ最大の成功例とされる。紀伊徳川家から本家を継いだ吉宗は、財政破綻寸前の幕府を立て直すため、自ら木綿の着物を着るなど率先して徹底した倹約令を発し、大名に石高に応じた米を上納させる「上米の制」、新田開発の奨励、年貢を定免法に切り替えて収入を安定化させた。町人層からは目安箱を設置して意見を集め、小石川養生所(貧民医療)や町火消「いろは四十八組」を創設。1742年には裁判・行政の基本法典「公事方御定書」を編纂し、さらに「足高の制」で有能な人材を能力に応じて登用する道を開いた。一方、年貢増徴や享保の大飢饉(1732年)で農民は困窮し、百姓一揆が多発した。吉宗は「米将軍」と呼ばれ、テレビ時代劇『暴れん坊将軍』のモデルとしても知られる。