神奈川県川崎市川崎区本町の旧東海道沿いに立つ、東海道川崎宿「下の本陣」田中家の跡地。本陣は大名・公家・旗本・幕府役人らが宿泊する格式高い施設で、田中本陣は門構え・玄関付き・敷地231坪の堂々たる建物であった。川崎宿は元和9年(1623年)に設置された東海道二番目の宿場(日本橋から約20km)で、新宿・砂子・久根崎・小土呂の四町からなり、田中本陣は新宿町(現・本町)に置かれていた。田中本陣の3代当主・田中休愚(たなか・きゅうぐ/丘隅、1662-1729年)は、本陣・名主・問屋の三役を兼任しつつ、六郷の渡船権を譲り受けて宿財政を立て直した稀代の名主・経世家。享保期に8代将軍吉宗の諮問に応じて名著『民間省要』を著し、幕府から勘定支配格に登用され、多摩川・相模川・酒匂川の治水事業に従事した江戸中期を代表する町人政策家である。明治以降宿場制度の廃止とともに本陣は解体されたが、跡地には史跡標柱・案内板…