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走湯権現と熱海温泉の歴史完全ガイド——古代霊泉から徳川御汲湯まで
熱海温泉の起源は山中から噴き出し海に走り入る霊泉「走り湯」。日本三大古泉の一つで、修験道の聖地として、源頼朝の湯治、徳川家康の御汲湯、尾崎紅葉『金色夜叉』など近代文豪の避暑地まで千年以上の宗教的・文化的記憶が積層する。アクセス情報も含めて全貌を完全解説。
目次
MOKUJI
「走り湯」の地理と古代の発見
修験道と神仏習合の聖地
鎌倉武士と熱海温泉
徳川家康と「御汲湯(おくみゆ)」
近代の熱海温泉と文学
走り湯の現在
参拝・湯治のポイント
ゆかりのスポット一覧
よくある質問
結論から言うと、熱海温泉は古代以来の霊泉「走り湯(はしりゆ)」を起源とする日本三大古泉の一つで、伊豆山(走湯権現)の宗教的中心と一体化した、関東有数の信仰温泉である。山岳信仰・修験道・神仏習合・武家の湯治・徳川幕府の保護・近代文豪の執筆地——その重層的な歴史が、いまも熱海の街を構成する。本記事では走り湯の地理、修験道との関係、源頼朝・徳川家康・尾崎紅葉・谷崎潤一郎ら歴代訪問者の足跡、現代の熱海温泉文化までを順に解説する。
「走り湯」の地理と古代の発見
山腹から噴き出す高温泉
熱海の山中、伊豆山(いずさん)地区に、いまも「走り湯」と呼ばれる古い源泉がある。山腹の横穴から大量の湯が噴き出し、海へと走り下る——この光景が「走り湯」という名の由来である。日本三大古泉のひとつとされ、奈良時代以前から知られていた。
神の現れとしての温泉
火山性の高温(約70度)の湯が、岩肌から勢いよく湧き出る様子は、古代の人々にとって神秘的な現象であり、神の現れと感じられた。湧出口に祠を祀り、湯の流れに沿って神域が形成されていった。これが伊豆山一帯の宗教的核となる。
修験道と神仏習合の聖地
山岳信仰と湯の信仰の融合
走り湯を中心に、伊豆山一帯は古代から修験道の聖地となった。山岳信仰と湯の信仰が融合し、修験者たちは伊豆山で修行を積んだ。湯に浸かり、滝に打たれ、山中を駆ける——そんな修行の場として、伊豆山は関東有数の霊場だった。
走湯権現としての伊豆山神社
この修験の伝統が、伊豆山神社(走湯権現)の宗教的核となった。神道、仏教、山岳信仰、温泉信仰——多層的な要素が一つの聖地のなかで結びついた、日本の宗教文化の典型例である。詳細は伊豆山走湯権現の項目も参照。
鎌倉武士と熱海温泉
源頼朝の湯治伝承
鎌倉時代、熱海温泉は武士たちの湯治場として知られていた。源頼朝も、鎌倉と京の往復の途中で、しばしば走り湯に立ち寄ったとされる。傷の治療、心身の浄化、宗教的な禊ぎ——武士たちは温泉を、複数の意味を込めて利用した。
二所詣と禊ぎの湯
二所詣で伊豆山神社を参詣した将軍たちも、走り湯に身を浸して心身を清めたと伝えられる。温泉と神社が一体となった信仰は、熱海の宗教文化の根本的な特徴だった。
徳川家康と「御汲湯(おくみゆ)」
江戸城まで運ばれた熱海の湯
江戸時代になると、熱海温泉は徳川家康によって特別に保護された。家康は熱海温泉の湯を江戸城まで運ばせて入浴し、これを「御汲湯(おくみゆ)」と呼んだ。家康が湯に深く惹かれ、自身の長寿の源と考えていたことが伝わる。
将軍家御用達ブランド
家康以降の徳川将軍家も、熱海の湯を珍重し続けた。「将軍家御用達の湯」というブランドが、熱海温泉の名声を全国に広めた。明治以降の熱海温泉ブームの基盤は、この江戸時代の歴史的蓄積にある。
近代の熱海温泉と文学
尾崎紅葉『金色夜叉』の舞台
明治以降、熱海温泉は文豪たちの避暑地・執筆の地となった。尾崎紅葉の『金色夜叉』(明治30〜35年)の舞台として有名になり、貫一とお宮の悲恋の名場面が「お宮の松」付近で描かれた。
文学と熱海
谷崎潤一郎、川端康成、太宰治など、多くの作家が熱海に滞在した。温泉と文学の結びつきは、熱海の文化的アイデンティティを深めた。お宮の松、貫一お宮の像、各種文学碑——熱海の街には文学的な記憶が散在している。
走り湯の現在
70度で湧き続ける古代の湯
走り湯は現在、走り湯神社の境内に位置し、見学も可能だ。湧き出る湯は七十度近い高温で、その勢いはいまも変わらない。古代からこの湯が同じように湧き続けてきたという事実は、それ自体が神秘的である。
観光と信仰の重なり
湯の出口には小さな祠が祀られ、伊豆山神社の信仰の延長線上にある。温泉と神社、現代の観光と古代の信仰が、ここでひとつに重なっている。
参拝・湯治のポイント
走り湯のアクセス: JR熱海駅からバスで約10分(伊豆山神社方面)
所要時間: 走り湯の見学だけなら10分。伊豆山神社と組み合わせるなら半日
必見: 走り湯神社、湯気が噴き出す洞窟入口、伊豆山神社、お宮の松(熱海駅近く)
温泉施設: 熱海駅周辺に多数。日帰り入浴も可能
おすすめルート: 早朝走り湯見学→温泉旅館で湯治→夕方は熱海銀座で食事
ゆかりのスポット一覧
走り湯神社(古代霊泉)
伊豆山神社(走湯権現の本社)
伊豆山走湯権現(修験道遺構)
來宮神社(熱海もう一つの総鎮守)
関連人物: 源頼朝徳川家康
よくある質問
走り湯は実際に入浴できますか?
走り湯そのものは70度近い高温のため、源泉に直接入浴することはできません。湧出口の洞窟内を見学できる施設として整備されており、湯気と轟音を間近に体感できます。湯治は熱海駅周辺の旅館・日帰り入浴施設で、走り湯系統の湯を引いた風呂で楽しめます。
「日本三大古泉」とは?
走り湯(熱海)・道後温泉(愛媛)・有馬温泉(兵庫)を指すのが一般的です。いずれも奈良時代以前から記録に登場する古代の霊泉で、神話・万葉集・記紀にも言及があります。
徳川家康の御汲湯は本当に江戸まで運ばれた?
事実です。家康は慶長年間(1596-1615)から熱海の湯を樽詰めにして江戸城まで運ばせ、入浴に使いました。これは「お汲湯」と呼ばれ、江戸幕府を通じて将軍家の年中行事として続きました。湯の品質を保つため、樽の素材・運搬時間まで厳格に管理されたとされます。
朝晩の参拝でおすすめの時間帯は?
早朝6:00〜8:00頃が最も静謐で、走り湯の湯気が朝日に反射する景観は神秘的です。日中は観光客で賑わうため、早朝→温泉湯治→夕方文学散歩→夜は熱海銀座、というルートが熱海の重層を一日で味わえる定番です。
尾崎紅葉旧居も見学できますか?
熱海ではなく東京都新宿区横寺町に尾崎紅葉旧居跡があります。熱海では『金色夜叉』の舞台「お宮の松」と像を見学できます。熱海市内の起雲閣(きうんかく)は谷崎潤一郎・志賀直哉・武田泰淳らが滞在した文化財建築で、近代熱海文学の総合的な見学スポットです。
最終更新: 2026年5月2日
熱海・走り湯——山腹の洞窟から噴き出す約70度の高温泉、日本三大古泉の一つ
Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0
熱海温泉街の俯瞰——海岸沿いに広がる温泉旅館街と相模湾
Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0
徳川家康像——熱海温泉の湯を江戸城まで運ばせた「御汲湯」の伝統を始めた
Wikimedia Commons / Public Domain
熱海・起雲閣——谷崎潤一郎・志賀直哉らが滞在した近代文学の聖地
Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0
熱海・お宮の松——尾崎紅葉『金色夜叉』の貫一とお宮の名場面の舞台
Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0
── 了 ──
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