「妙法蓮華経」(法華経)を礼拝する題目で、日蓮宗の中核実践。法然の「南無阿弥陀仏」念仏に対し、法華経への絶対帰依を宣言する宗教改革的フレーズ。1253年清澄寺で日蓮が初めて唱えた瞬間が、日蓮宗立教開宗とされます。
日蓮宗内部では聖地伝承として継承されますが、史実としての「光るもの」現象は科学的には実証されません。ただし処刑が中止された経緯は確かで、何らかの自然現象か政治的判断が背景にあった可能性が議論されます。
塚原三昧堂は雨漏りする粗末な堂で、冬の積雪期は食料も水も乏しい過酷な環境。日蓮はそこで火を起こし、法華経写経・著作に専念。「氷を割って水を飲み、石を温めて寒を凌ぐ」境遇を弟子への手紙で伝えています。
『立正安国論』(1260年)では具体的に「他国侵逼の難」を警告。当時すでに大陸の元朝の動向は伝わっており、地政学的な分析と「邪教を信じれば災厄が来る」の宗教的論理が組み合わさった予言でした。1274年の文永の役で的中。
池上本門寺(東京都大田区)。1282年10月13日に同地で入滅し、遺骨は久遠寺(山梨県身延町)の祖師堂に祀られています。両寺とも日蓮宗の聖地で、毎年命日(10月13日)に「お会式」と呼ばれる大祭が営まれます。