西南戦争は「近代的な徴兵軍対旧式の士族軍」という戦いでした。
政府軍は訓練された徴兵兵士・最新のライフル・大砲を持っていました。一方の西郷軍は剣術に優れた士族でしたが、武器・数・補給のすべてで劣りました。
「わしを信じてついてきた」士族たちを前に、西郷は戦うしかありませんでした。
熊本城攻略に失敗し、次第に敗退した西郷軍は最終的に鹿児島の城山に追い詰められました。
1877年9月24日、政府軍の総攻撃が始まりました。流れ弾が西郷の腰に当たり、西郷は部下に首をはねさせて(介錯)自刃しました。享年49歳。