主君・浅野内匠頭の切腹と赤穂藩改易により、藩士たちは仕える藩を失い「浪人(浪士)」となったためです。主君の敵討ちを果たした後も「四十七浪士」と呼ばれますが、その忠義の精神から「赤穂義士」とも称されます。
12月14日の義士祭は午前11時頃から法要が始まります。義士行列は泉岳寺周辺の商店街を出発し、午後に境内に到着します。混雑するため早めの到着がおすすめです。
四十七士の遺品(兜・甲冑・書状など)、討ち入りに使った武器、大石内蔵助の自筆の書状などが展示されています。事件の経緯を解説したパネルもあり、忠臣蔵の背景を理解するのに最適です。
四十七士は泉岳寺で浅野内匠頭の墓前に吉良の首を供えた後、幕府に自首しました。首は後に吉良家側が幕府から引き渡しを受け、吉良家の菩提寺(東京都台東区の万昌院功運寺)に納められたと伝えられています。
一般の方も参加できます。坐禅会は毎月第2日曜日の早朝(6:00〜)に行われています。写経は随時受付。詳細は泉岳寺の公式サイトで確認してください。