泉岳寺
泉岳寺
東京都
慶長17年(1612年)徳川家康創建・元禄15年(1703年)大石内蔵助ら四十七士が吉良邸討ち入り後に主君の墓前に首級を供えた忠臣蔵の聖地
創建
1612
種別
寺院
アクセス
京急・都営浅草線泉岳寺駅A2出口から徒歩1分
東京都港区高輪2-11-1
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基本情報
寺院
創建 1612
414年目
御祭神・御本尊
宗派
曹洞宗
概要
慶長17年(1612年)、徳川家康が門庵宗関を開山に迎えて創建した曹洞宗の名刹。赤穂義士(四十七士)の墓所として全国に知られる。元禄15年(1703年)12月14日、大石内蔵助ら四十七士は吉良邸を討ち入った後、主君・浅野内匠頭が眠るこの泉岳寺まで約10kmを行進し、吉良上野介の首を墓前に供えた。境内には四十七士の墓が整然と並び、大石内蔵助の像、赤穂義士記念館がある。毎年4月と12月14日の義士祭には全国から忠臣蔵ファンが集まる。品川の高輪に位置し、京急泉岳寺駅(都営浅草線直通)から徒歩1分。日本の忠義の精神を今に伝える聖地。
由緒
1612年に家康が外桜田に創建。1641年の大火で焼失後、家光が高輪に再建。1703年に赤穂義士の討ち入り後、四十七士の墓所となる。以来「忠臣蔵の寺」として全国的な信仰を集める。
ご利益
厄除け・災難除け
浄化・お祓い
極楽往生
災厄消除・方位除け・疫病退散。不動明王・観音・祇園の神を祀る寺社で特に祈願される。
御祭神「釈迦如来」のご神徳に由来

お祭り・行事
1

12月
14
泉岳寺 赤穂義士祭
忠臣蔵で知られる赤穂浪士の墓所がある泉岳寺で行われる義士祭。浪士に扮した行列が街を練り歩き、討ち入りの日である12月14日に合わせて開催される。墓前供養も行われる。

関連する歴史的事件
3

1703 年
赤穂事件(忠臣蔵)
元禄15年(1703年)12月14日、赤穂浪士47人が本所松坂町の吉良上野介邸に討ち入り、主君・浅野内匠頭の仇を報じた。浪士たちは吉良の首を掲げて泉岳寺の主君の墓前に報告。幕府は義挙と認めつつも切腹を命じ、47士は泉岳寺に葬られた。日本人の忠義観を象徴する物語として今も語り継がれる。
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1855 年
勝海舟の外交・軍制改革
勝海舟(1823〜1899年)は幕末最大の実務家として、日本の近代海軍建設に尽力した人物。1855年(安政2年)、長崎海軍伝習所で西洋の航海・砲術を学び、1860年には咸臨丸の艦長として初の太平洋横断を成功させた。坂本龍馬の師として知られ、薩長同盟の前段階となる海援隊の設立にも影響を与えた。幕末の動乱では幕府海軍の建設・訓練に努め、1868年には西郷隆盛との談判で江戸城の無血明け渡しを実現した。明治政府下でも海軍卿などを歴任し、両者の橋渡し役として近代日本の建設に貢献した。
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1868 年
江戸無血開城
慶応4年(1868年)3月13日・14日、旧幕臣・勝海舟と新政府軍参謀・西郷隆盛が高輪の薩摩藩邸で会談し、江戸城の無血明け渡しが決定した。当時100万人を超える世界最大級の都市・江戸を戦火から救った日本史上最大の交渉劇。勝は「江戸の町と民を焼くわけにはいかない」と説き、西郷は「いろいろ難しい議論もありましょうが、私が一身にかけてお引き受けします」と応じた。
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みんなの投稿
1
あきとし
2026/5/23
駅名となっているので気になっていた泉岳寺さん。 落ち着く感じで外人さんも少々
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