創建年代は不詳だが、延喜式神名帳に記載された式内社として古い歴史を持つ。
上総国における穀物の神として、古代から農耕儀礼の中心であった。
「飽富」の社名は五穀が豊かに実り、人々が満ち足りることを祈る意味を持つ。
古代の上総国は稲作が盛んで、当社は農業祭祀の重要な拠点であった。
中世には上総の武家からも庇護を受けた。
江戸時代には飯富村の総鎮守として地域の信仰を集めた。
明治以降は郷社に列格し、地域の信仰の中心であり続けた。
式内社としての由緒は神社研究者からも注目されている。
袖ケ浦市の急速な発展の中でも古い信仰の場が守られている。
現在も上総の古代信仰を伝える貴重な式内社として保護されている…