乙富神社の創建は5世紀頃(西暦400年前後)と伝わる。祭神は弟橘媛命(おとたちばなひめのみこと)で、日本武尊の東征に際し、荒れ狂う東京湾の波を鎮めるべく海中に身を投じたと『古事記』『日本書紀』に記される人物である。富津の地名はこの悲話に由来し、「振り返って佇む」という意から生まれたとも伝わる。中世には富津一帯を治めた武士団の崇敬を受けたとされるが、詳細な記録は伝わっていない。近世には江戸湾(東京湾)の海上交通の要衝に位置することから、漁業・航海の守護社として地域住民の信仰を集めたと伝わる。明治時代の近代社格制度のもとで村社に列せられ、地域の鎮守として機能し続けた。現在も富津岬近くの松林に囲まれ…