天野山金剛寺は、天平年間(729〜748年)に聖武天皇の勅願により行基が創建したと伝わる。寺伝では、インドの阿育王(アショーカ王)が建てた8万4千の鉄塔の一つが当地に落ちたとされる霊地であり、平安初期には弘法大師(空海)もここで修行したと伝えられる。
荒廃した後、平安末期に高野山の僧・阿観(1136〜1207年)が復興。後白河法皇とその妹・八条院の篤い帰依を受けて金堂などが再建された。八条院に仕えていた女性2名が阿観の死後に相次いで寺の最高職を務めたことから、「女人高野」と呼ばれるようになった。
南北朝時代には1336年に後醍醐天皇の勅願寺に指定され、1354〜1359年には南朝第2代・後…