文化2年(1805年)、庄内藩9代藩主・酒井忠徳によって鶴岡城下の馬場町に創設された藩校が致道館である。藩名「致道」は『礼記』の一節「修道之謂教」に由来するとされ、儒学者・荻生徂徠が唱えた古学派の学風を基盤に据えた独自の教育方針を採用した。「自学自習」を重んじるその教育理念は、当時の藩校としては革新的なものであったとされる。幕末期には藩士の子弟のみならず庶民の子弟も受け入れるなど、広く教育の門を開いた。明治維新後も藩校としての役割を終えてなお、地域の教育機関として活用された時期があったとされる。近代以降、建築群の多くは創建当時の姿を留め、表御門・聖廟・講堂・御入間などが現存する。昭和34年(1…