587年(用明天皇2年)、聖徳太子が物部守屋討伐の際にこの地で毘沙門天王の加護を受け、戦勝後に堂宇を建立したのが創建と伝わる。毘沙門天は寅の年・寅の日・寅の刻に出現したとされ、以来虎が信仰のシンボルとなった。10世紀には醍醐天皇が病悩の際、命蓮上人の祈祷によって平癒したことから「朝護孫子寺」の勅号を賜ったと伝わる。平安時代後期には信貴山縁起絵巻が制作され、後に国宝に指定された傑作絵巻として高く評価されている。中世には松永久秀が信貴山城を信貴山上に築き、1577年(天正5年)に織田信長との戦いで落城・焼失した際、寺も大きな被害を受けたとされる。近世には豊臣秀頼の援助により再建が進められ、江戸時代…