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JR草津線石部駅からコミュニティバス「東寺」下車徒歩約5分
滋賀県湖南市東寺5-1-11
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安産祈願・子授け・子育て守護。神功皇后や木花咲耶姫命、水天宮・鬼子母神などに由来。
御祭神「地蔵菩薩」のご神徳に由来
「湖南三山」の一つに数えられる天台宗の古刹で、本堂が国宝に指定されている。山号は阿星山、本尊は秘仏の地蔵菩薩。寺伝では天平年間(729〜749年)に良弁僧正が聖武天皇の勅願により創建したとされ、聖武天皇の皇女(後の孝謙天皇)誕生の祈祷が成就したことから「子授け・子育ての地蔵」として古くから信仰を集めてきた。本堂は平安時代末期から鎌倉時代初期(12世紀)の建立で、本堂と内陣が一つの屋根の下にある独特の構造を持つ和様建築の傑作として国宝に指定。当寺にはかつて三重塔が建っていたが、織田信長によって安土城内の総見寺に移築され、現在は重要文化財として安土城跡に残されている。常楽寺・善水寺とともに湖南三山を形成し、紅葉と国宝本堂の調和が美しい秋の名所として広く知られる。
長寿寺は阿星山を山号とする天台宗の寺院で、寺伝によれば天平年間(729〜749年)に聖武天皇の勅願を受けた東大寺初代別当・良弁僧正によって創建されたと伝わる。聖武天皇には皇子に恵まれず、良弁に祈祷を依頼したところ、この地で行った祈願が成就して皇女(後の孝謙天皇)が誕生したとされ、以来「子授け・子育ての地蔵」として広く信仰を集めてきた。本尊は秘仏の地蔵菩薩で、聖武天皇から下賜されたとの伝承を持つ。現存する本堂は平安時代末期から鎌倉時代初期(12世紀)の建立で、本堂(外陣)と内陣を一つの大きな屋根のもとに配する珍しい構造を持ち、檜皮葺の入母屋造の和様建築の傑作として国宝に指定されている。中世には阿…
天正年間(1573〜1591年)、織田信長は安土城築城に際して長寿寺の三重塔を城内の総見寺に移築させた。この三重塔は安土城焼亡後も総見寺の境内に残り、現在は重要文化財として安土城跡に現存している。信長による移築は、当寺が当時から由緒ある古塔として高く評価されていた証であると同時に、信長の安土城が周辺の名刹から建造物を集めて壮麗を競った姿を今に伝える歴史的事蹟でもある。
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