大黒寺は永禄年間(1558〜1570年)頃の創建とされ、後に薩摩藩(現・鹿児島県)の伏見屋敷の「鬼門(北東)」を塞ぐ寺として寛永年間(1624〜1644年)に再整備された。以来「薩摩寺(さつまでら)」と呼ばれ、薩摩藩士の菩提所・逗留所として機能した。
幕末、安政の大獄・桜田門外の変を経て政局が緊迫した文久2年(1862年)4月、薩摩藩主・島津久光(しまづひさみつ)が上洛して幕府への圧力を強めようとする中、過激な藩士・有馬新七(ありましんしち)ら尊王攘夷派が京都での挙兵を計画した(寺田屋騒動の先駆け)。島津久光はこれを藩令違反として阻止するため刺客を送り、伏見の「寺田屋」に集まっていた有馬新七…