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大黒寺
京都府
伏見区鷹匠町に位置する真言宗豊山派の古刹で、「薩摩寺」の別名をもつ幕末の歴史スポット
創建
1558
種別
寺院
アクセス
京都府京都市伏見区鷹匠町4番地
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基本情報
寺院
創建 1558
468年目
宗派
真言宗豊山派
概要
伏見区鷹匠町に位置する真言宗豊山派の古刹で、「薩摩寺」の別名をもつ幕末の歴史スポット。寛永年間(1624〜1644年)に薩摩藩の伏見屋敷の鬼門除けとして整備され、薩摩藩士の菩提寺となった。幕末の薩摩藩士・有馬新七(ありましんしち)ら9名が伏見奉行所に捕えられた「寺田屋事件(島津久光の挙兵計画・1862年)」に関連し、遭難した藩士の墓が境内に残る。西郷隆盛も伏見に潜伏中に大黒寺に出入りしたと伝わる。大黒天を本尊とし、七福神の大黒天信仰の霊場としても機能する。
由緒
大黒寺は永禄年間(1558〜1570年)頃の創建とされ、後に薩摩藩(現・鹿児島県)の伏見屋敷の「鬼門(北東)」を塞ぐ寺として寛永年間(1624〜1644年)に再整備された。以来「薩摩寺(さつまでら)」と呼ばれ、薩摩藩士の菩提所・逗留所として機能した。 幕末、安政の大獄・桜田門外の変を経て政局が緊迫した文久2年(1862年)4月、薩摩藩主・島津久光(しまづひさみつ)が上洛して幕府への圧力を強めようとする中、過激な藩士・有馬新七(ありましんしち)ら尊王攘夷派が京都での挙兵を計画した(寺田屋騒動の先駆け)。島津久光はこれを藩令違反として阻止するため刺客を送り、伏見の「寺田屋」に集まっていた有馬新七…
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