伏見の北浜は宇治川(現・宇治川放水路)に面した港町地区で、江戸時代に大坂・京都間の水上交通の要衝として発展した。「三十石船(さんじっこくぶね)」は伏見港(現・弁天橋付近)と大坂の間を往来した客船で、荷物30石(約5.4トン)を積める木造の和船。京から大坂への下り旅・大坂から京への上り旅の庶民の足として、商人・旅人・巡礼者が利用した。
十返舎一九の『東海道中膝栗毛』(1802〜1814年)にも、弥次・喜多が京から大坂へ向かう際に伏見の三十石船を利用する場面が描かれており、江戸時代の庶民文化において「伏見の船旅」は定番の体験だった。
来迎寺の「来迎」という寺名は、浄土教の「阿弥陀来迎」(阿弥陀…