来島海峡は瀬戸内海屈指の急潮として知られ、中世には伊予の村上水軍がこの水域の制海権を握り、航行する船舶から津料(通行料)を徴収していた。戦国期には来島村上氏が周辺海域を支配し、織田信長・豊臣秀吉の水軍とも深く関わった歴史を持つ。江戸時代以降、来島海峡は西日本の海上交通の要衝であり続けたが、本州と四国を陸路で結ぶ架橋構想は20世紀に入るまで実現しなかった。1970年代より本州四国連絡橋の整備計画が本格化し、尾道〜今治ルート(西瀬戸自動車道、通称しまなみ海道)の一環として来島海峡大橋の建設が進められた。1999年5月1日、全長4105メートルの世界初の三連吊橋として開通し、今治市と大島を結んだ。橋…