養老3年(719年)、藤原不比等の子・藤原武智麻呂によって創建されたと伝わる真言宗豊山派の寺院で、藤原南家の菩提寺として栄えた。奈良時代には藤原氏の帰依を受けて伽藍が整備され、国宝に指定される八角堂はこの時代の建築とされ、天平様式の優美な意匠を今に伝える貴重な遺構である。堂内の柱には天平時代の彩色画が残り、仏教美術史上の重要な資料となっている。平安時代には梵鐘が鋳造され、菅原道真の撰文による銘文が刻まれたこの梵鐘も国宝に指定されている。中世には南北朝の動乱期に吉野・大和地域が歴史の舞台となり、南朝の後村上天皇が一時この地を皇居としたと伝わる。近世以降も真言宗の寺院として法灯を守り続け、近代に入…