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永正寺
京都府
向日市物集女町北ノ口に位置する浄土宗の寺院で…
創建
1504
種別
寺院
アクセス
京都府向日市物集女町北ノ口54番地
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基本情報
寺院
創建 1504
522年目
宗派
浄土宗
概要
向日市物集女町北ノ口に位置する浄土宗の寺院で、「向日(むこう)」市の旧乙訓(おとくに)地区・物集女(もずめ)に立つ。物集女(もずめ)は古代に「物集女氏(もずめうじ)」という氏族が居住した地で、地名は古代氏族名に由来する。向日市は古代「長岡京(ながおかきょう)」(延暦3年〜10年・784〜793年、桓武天皇が平安京の前に置いた都)の中心域にあたり、長岡京跡の発掘調査が続く歴史的な地区。「永正(えいしょう)」は室町時代後期の元号(1504〜1521年)で、戦国時代初期にあたる。
由緒
長岡京(ながおかきょう)は延暦3年(784年)に桓武天皇が奈良(平城京)から遷都した都で、現在の向日市・長岡京市・乙訓郡大山崎町にまたがる地域に造営された。しかし遷都からわずか10年後の延暦13年(794年)に平安京(京都)へさらに遷都され、わずか10年で廃都となった。廃都の背景には、延暦4年(785年)の造長岡京使(ぞうながおかきょうし)・藤原種継(ふじわらのたねつぐ)の暗殺事件と、それに連座した早良親王(さわらしんのう・桓武の弟)の餓死・怨霊化、および相次ぐ疫病・洪水などの天変地異が挙げられる。早良親王の怨霊の祟りを鎮めるための儀式が平安時代を通じて繰り返された(御霊信仰の起源のひとつ)。…
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