伽耶院の創建は天智天皇の勅願によると伝えられ、本山修験宗の聖地として修験道の開祖・役行者(役小角)が大谷山で修行を積んだとも伝承される。平安・鎌倉時代を通じて多くの修験者が大谷山の深山に分け入り、滝や岩壁を場とした厳しい修行を行ってきた。戦国時代には羽柴秀吉が三木城攻め(天正6〜8年・1578〜80年)を展開し、周辺一帯が激戦地となったため、伽耶院の堂宇も兵火に巻き込まれ大きな被害を受けたとされる。江戸時代には播磨を治める大名や信徒の庇護のもとで復興が進み、毘沙門天信仰の霊場としての地位を固めた。現在も毎年採灯大護摩供が盛大に執り行われ、全国から山伏が集う修験道の道場として、また新西国三十三箇…