北烏山の烏山寺町は、大正12年(1923)の関東大震災で下町一帯が壊滅した後、浅草・本所・深川などから多くの寺院が世田谷郊外の農地を購入し、集団移転して形成された特異な宗教地区である。源良院もその一画に位置し、震災後の混乱期に現在地へ移転して以来、移転元のコミュニティとの絆を保ちながら法灯を継いできた。「源良」の院号は清い源に立ち返る仏縁を示すと伝わり、檀信徒の葬儀・法要・彼岸会・盂蘭盆会を年中行事の柱としている。現在も20数か寺が密集する北烏山の一角にあって、都心の喧騒から離れた静謐な境内が参拝者を迎えている。