豪徳寺は文明12年(1480年)、世田谷城主・吉良政忠が伯母の菩提を弔うために創建し、弘徳院と号したと伝わる。当初は小規模な寺院であったが、江戸時代初期の寛永10年(1633年)、彦根藩主・井伊直孝が鷹狩りの帰路に当寺の猫に手招きされて立ち寄り、雷雨を逃れたという伝説に深く感謝し、以後井伊家の外護を受けたとされる。直孝の没後、その法号「豪徳院」に因み寺号を豪徳寺と改めたと伝わる。以降、彦根藩井伊家の菩提寺として整備が進み、境内には歴代藩主の墓所が造営された。幕末には大老として安政の大獄を主導した井伊直弼も当寺に葬られている。招き猫の伝説に基づき、猫の像が奉納されるようになったのは近世以降とされ…