ホーム
>
都道府県から探す
>
愛知県
>
豊明市
>
名鉄名古屋本線「前後駅
>
八幡社(豊明・沓掛)
[ まだ写真がありません ]
最初の一枚を投稿しませんか
八幡社(豊明・沓掛)
愛知県
今川義元が桶狭間前夜に宿陣した沓掛城下に鎮座する、八幡神(応神天皇)を祀る里の鎮守
種別
神社
アクセス
名鉄名古屋本線「前後駅」から車で約10分
愛知県豊明市沓掛町坊主山137-3
Google Map で開く ↗
基本情報
神社
御祭神・御本尊
概要
愛知県豊明市沓掛町坊主山に鎮座する神社で、古来武家の守護神として崇敬された八幡神(応神天皇)を祀る。創建の詳しい由緒は伝わらないが、沓掛の里の鎮守として地域の人々に守られてきた。社が建つ沓掛は、永禄3年(1560年)の桶狭間の戦いの前夜、尾張へ進軍する今川義元が大軍を率いて宿陣した沓掛城の城下にあたる歴史的な土地である。義元は沓掛城で軍議を開いた翌朝に出陣し、桶狭間で織田信長の奇襲を受けて討たれた。八幡社は、その合戦の起点となった沓掛の地に今も静かに鎮座している。
由緒
八幡社の祭神である八幡神は、応神天皇を神格化した神で、宇佐神宮(大分県)を総本宮とし、源氏をはじめとする武家から武運の神として全国で篤く信仰された。当社の創建年代や由緒の詳細は明らかでないが、豊明市沓掛町坊主山に鎮座し、沓掛の里の鎮守として長く祀られてきた。社の建つ沓掛一帯は、室町時代に築かれた沓掛城を中心に発展した土地で、桶狭間合戦当時は今川方の近藤景春が城主を務めていた。永禄3年(1560年)5月、駿河・遠江・三河を支配する今川義元が大軍を率いて西進した際、この沓掛城に入って宿陣し軍議を行った。翌5月19日、義元は沓掛城を発って大高方面へ向かう途上、桶狭間で織田信長の奇襲を受けて討たれ、戦…
もっと読む
ご利益
武運長久・勝運
安産・子授け
出世開運
勝負運・スポーツ必勝・試験突破の勝運。八幡宮や諏訪大社など武門の守護神に由来。
御祭神「応神天皇(八幡大神)」のご神徳に由来
みんなの投稿
0
まだ投稿がありません
御朱印
まだ御朱印の投稿がありません
関連する寺社
関連
沓掛城址(沓掛城址公園)
八幡社が鎮座する沓掛の地にあった城。永禄3年(1560年)の桶狭間の戦いの前夜、今川義元が大軍を率いて宿陣・軍議を行った城として知られ、現在は城址公園として本丸・空堀などの遺構が残る。
関連
桶狭間古戦場
永禄3年(1560年)、織田信長が今川義元を破った合戦の古戦場。義元はこの沓掛の地(沓掛城)を発って桶狭間へ向かい、討たれた。
情報を提案する
位置のずれ / 由緒 / 参拝時間 / アクセス / 設備 / 注意事項 などを提案できます
事実と違う内容を報告
📱
アプリでもっと便利に
GPS自動スタンプ・オフライン閲覧・推し活機能
App Store からダウンロード
📱
アプリで巡礼を楽しむ
App Store からダウンロード