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原城跡
長崎県
天草四郎率いる3万7千人のキリシタンが立てこもった—世界遺産の島原の乱最後の舞台
創建
1599
種別
アクセス
島原駅からバス60分
長崎県南島原市南有馬町乙
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基本情報
創建 1599
427年目
概要
南島原市南有馬町にある戦国時代の城跡で、1637年の島原・天草一揆で天草四郎時貞率いる約3万7千名のキリシタン信徒が立てこもり、江戸幕府12万の大軍と交戦した壮絶な戦いの舞台。3ヶ月の籠城の末、老若男女ほぼ全員が殺戮された。現在は国史跡・ユネスコ世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」構成資産として整備されている。
由緒
有馬氏が16世紀後半に築いた城で、1599年頃に完成したとされる。元来は有馬晴信の居城・日野江城の支城として機能していたが、有馬氏が1614年に改易されて廃城となった。1637年(寛永14年)、島原半島と天草の農民・キリシタン信徒約3万7千人が、苛政と宗教弾圧に反発して蜂起した「島原の乱」が勃発。天草四郎時貞を大将とする一揆勢は廃城の原城に立て籠もり、老中・松平信綱率いる幕府軍12万余と対峙した。約3ヶ月の籠城戦ののち、1638年(寛永15年)2月に幕府軍が総攻撃を敢行、籠城衆はほぼ全滅した。推定死者数は約3万7千人に及ぶ。この乱を契機に幕府はポルトガルとの通商を断絶し、鎖国体制の完成につなが…
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