1637年から1638年(寛永14〜15年)、肥前島原・天草地方(現在の長崎県南島原市・熊本県天草市)において起きた大規模な一揆。キリシタンへの弾圧と過酷な年貢取り立てに苦しむ農民・浪人たちが、16歳の天草四郎(益田時貞)を総大将として蜂起した。一揆軍は原城跡に籠城して幕府軍約12万と対峙し、約4か月間にわたって頑強に抵抗した。オランダ船からの砲撃支援も受けた幕府軍の総攻撃により原城は陥落し、天草四郎以下3万7千人以上が殺害されたとされる。この乱後、幕府のキリシタン弾圧と鎖国体制は一層強化された。