文治5年(1189年)、鎌倉幕府初代侍所別当・和田義盛とその妻が発願し、創建されたと伝わる。同年、慶派を代表する仏師・運慶によって阿弥陀如来坐像・不動明王立像・毘沙門天立像の計5体が造像され、寺に安置された。これらの仏像は現存する運慶作例として全国的にも希少であり、精緻な写実表現は鎌倉彫刻の最高水準を示すものとされる。中世においては三浦半島の仏教文化の拠点として機能したと考えられるが、和田義盛が建暦3年(1213年)の和田合戦で敗死した後の寺の動向については詳細が伝わらない。近世以降も法灯は継承され、境内と仏像は地域の人々によって守り伝えられてきた。昭和期に入り、安置される5体の仏像は国の重要…