延暦17年(798年)、弘法大師・空海が巡錫の途上、深山に霊気を感じて分け入ったところ、2羽の白鶴が老杉の霊木を守護しているのを発見したと伝わる。大師はその霊木から地蔵菩薩像を刻み安置して一寺を開創し、鶴の舞う霊験にちなんで「鶴林寺」と命名したとされる。中世には兵火や山火事による荒廃を経たと伝わるが、詳細な記録は定かでない。近世に入ると土佐藩や阿波藩の庇護を受けて堂宇が整備・再建され、四国遍路の第20番札所として広く知られるようになった。江戸時代には庶民の遍路信仰が隆盛し、険しい「遍路ころがし」の難所であるにもかかわらず多くの巡礼者が山頂の境内を目指した。明治の神仏分離令に際しても寺院としての…