822年(弘仁13年)、弘法大師空海が嵯峨天皇の勅願を受け、足摺岬の地に三面千手観世音菩薩を刻んで安置し、創建したと伝わる。寺号「金剛福寺」は嵯峨天皇より賜ったとされる。平安時代以降、補陀落浄土への信仰と結びついた「補陀落の東門」として多くの修行者・巡礼者が訪れた。中世には足摺岬一帯を拠点とした土豪や領主の帰依を受けたとされるが、戦乱期に堂宇の一部が荒廃した時期もあったと伝わる。近世には土佐藩主山内家の保護を受け、伽藍の整備・再興が進められた。江戸時代を通じて四国遍路第38番札所として広く知られ、黒潮の彼方の補陀落浄土を望む霊場として遍路者の信仰を集めた。境内に建つ多宝塔は近世以降の建立とされ…