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Toku
引田城
香川県
香川県東かがわ市引田の丘陵に残る中世山城跡
種別
城
アクセス
JR引田駅から徒歩約15分
香川県東かがわ市引田
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基本情報
城
概要
香川県東かがわ市引田の丘陵に残る中世山城跡。南北朝時代から室町時代にかけて水軍の拠点として機能した城で、海を見渡す断崖上に本丸・二の丸・三の丸が連なる。天正12年(1584年)、ここで長宗我部元親軍が仙石秀久率いる豊臣勢を破った「引田の戦い」の舞台として知られる。国の史跡に指定されており、石垣・郭跡などの遺構が良好に残る。
由緒
南北朝時代から室町時代にかけて存在した水軍の山城。阿波の国人・水軍が讃岐東端の要衝として構えた。戦国期には三好氏・仙石秀久・長宗我部氏らが争奪を繰り返した。天正12年(1584年)の引田の戦いで長宗我部軍が仙石勢を撃破したが、天正13年(1585年)の豊臣秀吉四国征伐後は仙石秀久が讃岐を領し引田城も豊臣の管理下に。江戸初期には廃城。現在は国の史跡に指定され、石垣・郭跡が残る。
人
ゆかりの人物
— 1
長宗我部元親
四国の覇者
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天正12年(1584年)、豊臣秀吉の命を受けた仙石秀久が讃岐を奪還しようと引田に軍を進めた。しかし長宗我部元親の部将・香川(長宗我部)親和らが率いる長宗我部軍がこれを迎え撃ち、大勝を収めた。「引田の戦い」と呼ばれるこの合戦での勝利により、元親は讃岐支配を一時継続した。ただし翌天正13年(1585年)の秀吉による四国征伐で形勢は逆転し、元親は土佐一国に封じ込められることとなる。
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