創建年代は不詳ですが、足立区内で最古の氷川社と伝えられています。大宮台地方面からの移住者たちが、武蔵国一宮である大宮氷川社から分霊を勧請したとされ、周囲に淵が入り組んでいたことから「渕の宮」の別称で呼ばれてきました。地域全体もこの淵の宮に由来して「渕江郷」「渕江領」と称されるようになりました。江戸時代の地誌『新編武蔵風土記稿』には「氷川社、当村及び竹塚・保木間三村の鎮守」と記されており、幕府直轄領「淵江領」42村の総鎮守として広く崇敬を集めていました。明治5年(1872)以降は伊興一村の鎮守となりました。境内は伊興古墳群を構成する古墳の上に立地するとみられており、縄文時代末から古墳時代の遺物が…