推古天皇8年(600年)、聖徳太子が四天王寺を建立する際に西方の守護神として鎮齋されたと伝わる。鎮座地はかつて海岸沿いにあり、平安中期より宮中への鮮魚献進が続けられるなど、漁業の守り神として信仰を集めた。平安後期には四天王寺西門に「浜の市」が開かれ、市場の守り神としての性格も加わった。室町時代以降は大阪の商工業の発展とともに商売繁盛の神として広く崇敬されるようになり、慶長年間(1596〜1615年)には豊臣秀頼が片桐且元を普請奉行として社殿造営を行い、18石の社領と禁制札も下賜した。江戸の元禄時代(1688〜1704年)には、毎年1月9日から11日に行われる十日戎の祭礼が今日と同じ形式で確立さ…