東砂三丁目一帯は、江戸時代の砂村開拓地の一角に位置し、水田・畑作・野菜栽培が営まれた農業地帯であった。この稲荷神社は農村共同体の守護神として創建されたと推定され、農民たちが季節の節目ごとに豊作と無病息災を祈願した。稲荷信仰は全国的に庶民に広まった信仰であり、特に農業・商業従事者に深く根付いていた。砂村では村ごとに守護稲荷が勧請される習慣があり、集落の規模を反映した小社が点在している。明治・大正・昭和の都市化の波に揉まれながら、地元住民の手で社殿が維持管理され、現在も氏子が例祭を続けて地域の絆を守っている。