東砂五丁目は、江戸時代の砂村東部に位置し、旧中川・荒川流域の低湿地を開拓した農民が生活を営んだ地区である。この稲荷神社は、集落の守護神として農民たちが五穀豊穣・無病息災を願い勧請したと伝わる。砂村の農業は野菜栽培を主軸とし、「砂村大根」をはじめとする江戸近郊農業の中心地として知られていたが、水害の脅威と隣り合わせの厳しい環境でもあった。こうした条件の中で稲荷神への信仰は農民の精神的な支えとなり、例祭は季節の恵みへの感謝と豊作祈願の場として機能した。近代の都市化により農村の面影は失われたが、この小社は地域住民によって維持され、今日も北砂・東砂周辺の鎮守として大切にされている。