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犬山城
愛知県
天文6年(1537年)築の現存国宝天守・小牧・長久手の戦いで秀吉が本営とした木曽川を望む白帝城
創建
1537 年
種別
城
アクセス
名鉄犬山遊園駅徒歩15分
愛知県犬山市犬山北古券65-2
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基本情報
城
創建 1537年
489年目
概要
犬山市に位置する国宝天守を有する城郭。天文6年(1537年)に織田信康によって木曽川沿いの山上に築かれた。現存十二天守のひとつで、国宝に指定された五城のうちのひとつ。木曽川を眼下に望む天守からの眺望は「白帝城」の名にふさわしく絶景。最上階は望楼式で外廊下から360度の展望が楽しめる。2004年まで成瀬家が個人所有した唯一の城で、現在は財団が管理。歴史ある城下町も残り、年間80万人以上が訪れる人気観光地。
由緒
犬山城は天文6年(1537年)、織田信長の叔父にあたる織田信康によって木曽川南岸の丘上に築かれたとされる。ただし、その前身として享禄元年(1528年)に織田信康の父・織田与次郎が砦を築いたとも伝わる。戦国時代には尾張支配をめぐる争乱の中で要衝として機能し、織田・豊臣政権下においても軍事的拠点であり続けた。関ヶ原の戦い(1600年)では東軍・西軍双方に利用され、戦後に徳川家康の家臣・平岩親吉が城主となった。元和3年(1617年)以降は尾張藩附家老・成瀬正成が城主となり、以降明治維新まで成瀬家が代々城主を務めた。明治4年(1871年)の廃藩置県後も天守は取り壊しを免れ、昭和10年(1935年)に国…
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関ヶ原の戦い(1600年)後、家康は信頼する家臣・平岩親吉を犬山城主に任じた。関ヶ原では東西両軍に利用されたこの尾張の要衝を徳川の直轄下に置くことで、家康は尾張支配を固め、江戸幕府の統治基盤を確立する礎を築いた。
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