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胆沢城跡
胆沢城跡
岩手県
創建
802
種別
史跡
アクセス
JR水沢駅から車10分
岩手県奥州市水沢佐倉河渋田
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基本情報
史跡
創建 802
1224年目
概要
延暦21年(802年)、征夷大将軍・坂上田村麻呂が蝦夷征討の拠点として築いた古代の城柵で、奥州における朝廷の最前線であった。約670メートル四方の広大な敷地に築かれ、国の史跡に指定されている。蝦夷の首長・阿弖流為(アテルイ)が田村麻呂に降伏した場所でもあり、古代東北史における重要な舞台。発掘調査により政庁跡・外郭施設・官衙跡などが明らかになり、古代城柵の構造を知る上で貴重な遺跡。隣接する奥州市埋蔵文化財調査センターでは出土品を展示し、古代東北と中央政府の関係史を学ぶことができる。
由緒
延暦21年(802年)、征夷大将軍・坂上田村麻呂は蝦夷征討の拠点として胆沢城を築いた。これにより、それまで多賀城(宮城県)に置かれていた鎮守府が胆沢城へと移され、奥州における朝廷支配の中枢として機能するようになった。城柵は約670メートル四方の広大な規模を誇り、政庁・外郭・官衙などが整備された。同年、蝦夷の首長・阿弖流為(アテルイ)が田村麻呂に降伏した地としても知られる。その後、9世紀を通じて東北経営の拠点として維持されたが、10世紀以降は律令体制の衰退とともに機能を失い、次第に歴史の表舞台から退いたとされる。中世・近世には廃城のまま農地等として利用されたとみられる。近代以降、学術的な関心が高…
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