浄教寺が位置する丈六は、高野街道沿いに発達した和泉国の仏縁豊かな地域である。浄土真宗本願寺派が丈六村に根付いたのは室町時代後期から江戸時代初期にかけてのことと伝わり、阿弥陀仏の本願他力による救済を説く念仏道場として機能してきた。慶長7年(1602年)の本願寺東西分立後、丈六村の当寺院は西本願寺(本願寺派)の末寺として公認され、以来、村人の年回忌法要・お盆の棚経・報恩講などを執り行う菩提寺の役割を担ってきた。明治維新期の神仏分離・廃仏毀釈の嵐を経ても、代々の住職が法灯を守り続け、昭和の戦時下においても念仏道場としての務めを果たした。戦後の地域再建とともに本堂の整備が進み、今日も丈六地区の信仰拠点…