東武日光線新鹿沼駅から徒歩約18分
栃木県鹿沼市上殿町
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災厄消除・方位除け・疫病退散。不動明王・観音・祇園の神を祀る寺社で特に祈願される。
御祭神「釈迦如来」のご神徳に由来
鹿沼市上殿町に位置する曹洞宗の寺院で、鹿沼城主壬生氏の菩提寺として創建された名刹である。本尊の釈迦如来は禅宗の根本仏として、坐禅修行と悟りの象徴である。壬生氏は戦国時代に鹿沼を支配した武将で、鹿沼城とともにこの寺が城下の精神的中心であった。境内の墓地には壬生氏歴代の墓碑が残り、戦国時代の鹿沼の歴史を今に伝えている。禅寺ならではの質素で端正な建築は、武士の美意識を反映している。鹿沼の戦国史を語る上で欠かせない、城主の菩提寺として地域の歴史に深く根ざした寺院である。
常安寺は、明応9年(1500年)頃に鹿沼城主・壬生氏によって創建されたと伝わる曹洞宗の寺院である。壬生氏は戦国時代に下野国鹿沼を拠点とした武将であり、同寺を一族の菩提寺として篤く帰依したとされる。16世紀を通じて壬生氏の庇護のもとで寺勢を保ち、鹿沼城下の精神的・宗教的中心として機能した。天正18年(1590年)の豊臣秀吉による小田原征伐の余波で壬生氏が没落すると、寺の後ろ盾を失ったが、その後も地域の信仰を集めながら法灯を維持し続けたとされる。江戸時代には曹洞宗寺院として地域社会に根ざし、鹿沼の町の菩提寺としての役割を担った。境内の墓地には壬生氏歴代の墓碑が現存しており、戦国期から近世にかけての…
天正18年(1590年)、秀吉の小田原征伐は関東・奥羽の大名を次々に服属させ、鹿沼城主・壬生氏もその余波で没落した。常安寺は壬生氏の菩提寺として約90年にわたり庇護を受けてきたが、主家の滅亡によって後ろ盾を失い、以後は地域の信仰に支えられながら法灯を守り続けた。
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