山号を吾庵山、寺号を放光寺といい、真言宗豊山派に属します。行基が千手観音を刻んで祀ったのが草創と伝わり、弘仁年間(810〜824)に弘法大師空海が山中に光を発する祠を見出して開基したとされることから「山口観音」の名で親しまれてきました。鎌倉時代末期には新田義貞が鎌倉攻めに際して当寺に祈願したという伝承があり、その願書が寺宝として残ります。天正19年(1591)には山口観音堂領として寺領10石の御朱印状を拝領し、江戸時代を通じて維持されました。本尊の木造千手観音立像は33年ごとに開帳される秘仏で、朝鮮式銅鐘とともに所沢市指定文化財に指定されています。現在の本堂は宝暦12年(1762)の建立です。