文明8年(1476年)、江戸城を築いたことで知られる武将・太田道灌が、稲付城内に創建した曹洞宗の寺院が静勝寺の起源である。寺号は道灌の法号「静勝軒」に由来するとされる。本尊は道灌が生前に持仏としていた聖観世音菩薩であり、道灌の木像とともに現在も境内に安置されている。稲付城は赤羽西の丘陵上に築かれた中世の城郭で、荒川方面を望む要衝に位置していた。天正18年(1590年)の豊臣秀吉による小田原攻めに際し、北条氏の支配下にあった稲付城は機能を失ったとされる。江戸時代に入ると城郭としての役割は終わり、寺院として存続した。近代以降も寺域は維持され、城跡の遺構の一部が境内に残る。毎年4月には「道灌まつり」…