光明院は、弘法大師空海(774〜835年)が816年(弘仁7年)に高野山を開創した高野山真言宗の末寺として法灯を伝える寺院である。空海は唐から密教を持ち帰り、日本独自の真言密教を確立した。「光明院」という寺号は、阿弥陀如来の光明(無量光)や大日如来の智慧の光に由来するとされる院号で、全国の真言宗寺院に広く用いられる。当寺が位置する百舌鳥赤畑町の周辺には、仁徳天皇陵古墳(大山古墳)を中心とする百舌鳥古墳群が広がり、古代から宗教・王権の中心地として栄えた。江戸時代以降、高野山の法脈を受け継ぐ末寺として密教の修法を地域に伝え、即身成仏の教えと各種祈祷によって住民の信仰生活を支えてきた。