康永元年(1342年)、関東管領上杉憲顕が開基となり、禅僧無礙妙謙を開山として創建した臨済宗の古刹。康暦2年(1380年)には関東十刹の第六位に列せられ、最盛期には78の塔頭・末寺300余寺を擁した。山内上杉氏の菩提寺として庇護を受けたが、応永23年(1416年)の上杉禅秀の乱や長禄4年(1460年)の足利成氏による攻撃で伽藍が焼失、明応6年(1497年)の北条早雲の伊豆侵攻の際には狩野氏がここに拠って滅亡するなど、戦国の動乱に翻弄された。境内には文治2年(1186年)作と伝わる木造金剛力士像(慶派仏師の手になる鎌倉仏の秀作)が現存し、静岡県指定文化財に指定されている。