久能山は古代から山岳信仰の地として知られ、推古天皇の時代(6〜7世紀)に久能忠仁が草庵を結んだと伝わる。その後、坂上田村麻呂が堂宇を建立したとも伝えられ、中世には今川氏ゆかりの久能寺が山上に栄えた。戦国期の永禄11年(1568年)、武田信玄が久能寺を山麓に移し、山頂に軍事拠点として久能城を築いた。江戸時代に入ると、慶長20年・元和元年(1615年)の大坂夏の陣ののち徳川家康は駿府城に隠居し、元和2年(1616年)4月17日に同城で73歳の生涯を閉じた。家康は生前、「遺骸は久能山に納め、江戸増上寺で葬儀を行い、三河の大樹寺に位牌を置き、一周忌が過ぎたのち日光山に小堂を建てよ」と遺言したとされる。…