奈良時代、行基菩薩によって開創されたと伝わる古刹で、当初は「補陀落山正法寺」と称していたとされる。中世には駿河国内の寺院として存続したが、詳細な沿革は不明な点が多い。近世には曹洞宗あるいは他宗派に属した時期もあったとも伝わるが確証はなく、後に臨済宗の寺院として現在に至る。近代における大きな転機は、幕末から明治にかけて活躍した山岡鉄舟(鉄太郎、1836〜1888)との深い縁である。鉄舟は明治期に当寺の境内整備を積極的に支援し、みずから揮毫した石碑や扁額を寺に残した。このゆかりから、正式名称よりも「鉄舟寺」の通称が広く定着した。鉄舟は慶応4年(1868年)、勝海舟・西郷隆盛とともに江戸城無血開城に…