延喜式内社に列せられた呉服神社の創祀は、応神天皇の御代(4世紀末)に呉の国から招かれた織工・呉服(くれは)姫に遡るとされる。呉服姫は漢氏(あやうじ)とともに機織りの技術を日本に伝えた渡来人で、池田の地に定住して技術を広めたと伝わる。社名の「呉服(くれは)」は絹織物を指す「呉服(ごふく)」という語の語源ともいわれ、日本の衣文化の礎を築いた場所として信仰を集めてきた。中世には池田氏の崇敬社となり、戦乱の時代も氏子たちによって守り継がれた。近代以降は繊維産業の守護神として大阪の商工業者から厚い信仰を集め、毎年7月の夏祭りと秋の例大祭には池田市内外から多くの参拝者が訪れる。