後醍醐天皇(1288〜1339年)は鎌倉幕府打倒を目指し、正中元年(1324年)の「正中の変」・元弘元年(1331年)の「元弘の変(元弘の乱)」で2度にわたって倒幕を企てた。元弘元年(1331年)8月、後醍醐天皇は笠置山(現・相楽郡笠置町)に移り、楠木正成(くすのきまさしげ)らの協力を得て幕府軍に抵抗した(笠置山籠城)。しかし同年9月、幕府軍に攻められて笠置山は陥落し、後醍醐天皇は捕らえられて翌年に隠岐(おき・島根県)に流刑となった。その後、楠木正成・新田義貞(にったよしさだ)・足利尊氏らの倒幕軍が各地で幕府軍を破り、元弘3年(1333年)に鎌倉幕府は滅亡(鎌倉幕府滅亡・元弘の変)。後醍醐天皇…