丸岡城は1576年(天正4年)、織田信長の重臣・柴田勝家の甥にあたる柴田勝豊によって築かれたと伝わる。勝豊はのちに長浜城主となったため、城は他の者に引き継がれた。江戸時代初期には本多成重が入城し、丸岡藩が成立。以後、本多氏が廃藩置県まで約250年にわたって統治した。天守は独立式望楼型の二重三階構造で、屋根には笏谷石製の石瓦が用いられており、雪国特有の工法として知られる。急勾配の階段や簡素な意匠は古式の天守建築の様式をよく伝えるとされ、現存十二天守のなかでも最古の遺構とする説が有力である。1948年(昭和23年)の福井地震によって天守は倒壊したが、元の部材を最大限活用して1955年(昭和30年)…