建治3年(1277年)、日蓮の高弟・日朗によって開山されたと伝わる日蓮宗の寺院で、正式名称を長谷山本土寺という。日朗は日蓮の六老僧の一人に数えられ、関東における日蓮宗布教の中心的人物として活動した。室町時代には伽藍が整備され、現存する五重塔もこの時代に建立されたとされる。戦国期から江戸時代にかけて日蓮宗の重要な本山として信仰を集め、関東地方における同宗の拠点的役割を担い続けた。明治時代の神仏分離令以降も寺格を維持し、近代においても本山としての地位を保ってきた。現在は日蓮宗の本山として宗教的権威を持つとともに、境内に植えられた約50,000株の紫陽花や約1,500本のモミジによって「あじさい寺」…