箕輪城は永正9年(1512年)、関東管領・上杉氏に仕えた長野業正によって上野国緑野郡(現・群馬県高崎市箕郷町)に築かれたと伝わる。業正は巧みな外交と軍事力で武田信玄の侵攻を幾度も退け、信玄が生涯に6度攻め寄せても落城しなかったとされる難攻不落の城として名高い。天文20年(1551年)頃には城下町の整備も進み、西上野支配の中核拠点として機能した。永禄4年(1561年)に業正が没すると求心力が低下し、永禄6年(1563年)頃に武田氏の軍門に降った。武田氏は内藤昌豊(昌秀)を城主として西上野経営の拠点に据えた。天正10年(1582年)の武田氏滅亡後は北条氏の支配下に入り、同18年(1590年)の小田…