山口県山口市徳地岸見に鎮座し、大国主神・事代主神を主祭神とする延喜式内社。天平10年(738年)の「周防国正税帳」(正倉院文書)に記録される約1300年の歴史を持ち、延喜式神名帳には「周防国佐波郡・三坂神社」として登録された周防国の格式高い古社。古来は「道反大神(ちがえしのおおかみ)」を祀り、黄泉と現世の境を守る神として崇められた。建武3年(1336年)、南北朝の争乱で九州へ落ち延びた足利尊氏が当社で戦勝を祈願し、馬・武具を奉納。参道の石畳は尊氏の奉納と伝わる。日露・日清戦争期には「弾除けに霊験あり」との評判が全国に広まり、出征兵士から約2万9千枚もの写真が奉納された。現在も返還活動が続く「写真の宮」として知られる。
天平10年(738年)の「周防国正税帳」(正倉院文書)に当社の名が記され、官費による社殿維持が行われていたことが確認される。平安時代には延喜式神名帳(927年)に「周防国佐波郡六座のうち三坂神社」として登録された式内社で、周防国の古社として朝廷に公認された。古代における祭神は「道反大神(ちがえしのおおかみ)」とされ、黄泉比良坂(黄泉への入口の坂)に置かれ生者を冥界から守る神格を持つ。中世には武家の崇敬を集め、建武3年(1336年)、後醍醐天皇・楠木正成との戦いに敗れ九州へ下向した足利尊氏がこの地で戦勝を祈願した。馬と武具を奉納したことで知られ、参道の石畳は尊氏の奉納と伝わる。尊氏はその後九州で…