承和4年(837年)、火山性の噴気活動により温泉が湧き出したと伝わり、開湯以来「奥州の名湯」として知られてきた。平安・中世を通じて湯治場として利用され、江戸時代には仙台藩の管轄に置かれて旅人の休息地として繁栄した。周辺の東鳴子・川渡・中山平・鬼首の温泉地と合わせて「鳴子温泉郷」と総称されるようになったのは近代以降のことで、明治期には湯治から観光への転換が進んだ。昭和30年代から木工ろくろ技術を応用した鳴子こけし作りが産業として確立し、昭和57年(1982年)には国の伝統的工芸品に指定された。現在は五つの泉質を誇る東北屈指の温泉郷として、四季を通じて多くの湯客を迎えている。